たぬき探偵のミステリ講義
ノックスの十戒

たぬき探偵のミステリ講義

ノックスの十戒とは

さて。
それでは『ノックスの十戒』の講義を始めようか、にわとり君。

よろしくお願いします。
……で、『ノックスの十戒』とは一体なんですか? 難しい言葉ですね……。

いいか。
『ノックスの十戒』とはな……。

『ノックスの十戒』とは。

⚫︎ロナルド・ノックスが提唱した推理小説を書く際のルール。

① 犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている人物であってはならない。

② 探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。

③ 犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。

④ 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。

⑤ 主要人物として「中国人」を登場させてはならない。

⑥ 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。

⑦ 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。

⑧ 探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。

⑨ サイドキックは、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者よりもごくわずかに低くなければならない。

⑩ 双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない。

何だか、当たり前のことが書いてあるような気がしますね……。

そうだな。
しかし、このルールがあるからこそ、我々も物語の推理に参加できるのだよ。

あまりピンときませんね……。
このルールが守れないと、どんな事態になるんですか?

それでは『ノックスの十戒』の大切さをたっぷりと伝えよう。

ノックスの十戒の魅力

どうだ?
ノックスの十戒が守れてないと、読者が納得できないのだよ。

① 犯人は、物語の当初に登場していなければならない。ただしその心の動きが読者に読みとれている人物であってはならない。

→最終章で、パッと出てきた登場人物が犯人だと、納得ができないため。

② 探偵方法に、超自然能力を用いてはならない。

→探偵が超能力で犯人を特定するのは、興醒めだから。

③ 犯行現場に、秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない。

→密室だと思っていた部屋に、抜け穴があると推理していた意味がないから。

④ 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。

→読者が推理する余地がないから。

⑤ 主要人物として「中国人」を登場させてはならない。

→当時は「超人的な中国拳法」「中国由来の不可思議な秘薬」などが多用されていたため、このような項目が設けられたとされる。

⑥ 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。

→読者は探偵と二人三脚。それを偶然や第六感で解決されると、探偵から裏切りに感じる。

⑦ 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。

→読者と探偵は一心同体。信頼していた探偵が実は犯人だったら、読者はどう感じる?

⑧ 探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。

→解決の段階になって、いきなり読者が知らない新たな証拠が出てきたら、納得できるか?

⑨ サイドキックは、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者よりもごくわずかに低くなければならない。

→どんな難事件に見えても、読者にも充分に推理ができるような状態にしなくていけない。

⑩ 双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない。

→いきなり「実は双子の弟が犯人でした」では、納得ができないから。

探偵と同じ立場……読者は事件の解決を導く、探偵と同じ立場で物語の事件に挑戦ができる。大切なのは、読者も同じ視線から物語に「参加」してもらうこと。

なるほど……。
確かに、読者と同じ土俵にいることは大切ですね。

もちろん、意図的にノックスの十戒を破っている作品もある。
その上で、評価されている作品も少なくないぞ!

『ノックスの十戒』以外のルール

実は『ノックスの十戒』以外にも提唱されたルールがあるんだ。
それを簡単に説明していくぞ。

ヴァン・ダインの二十則

① 事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。

② 作中の人物が仕掛けるトリック以外に、作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。

③ 不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。

④ 探偵自身、あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。

⑤ 論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない。

⑥ 探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない。

⑦ 長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。

⑧ 占いや心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。

⑨ 探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く。それはまるで読者をリレーチームと競争させるようなものである。

⑩ 犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない。最後の章でひょっこり登場した人物に罪を着せるのは、その作者の無能を告白するようなものである。

⑪ 端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。

⑫ いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。

⑬ 冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの組織に属する人物を犯人にしてはいけない。彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである。

⑭ 殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。

⑮ 事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。

⑯ 余計な情景描写や、脇道に逸れた文学的な饒舌は省くべきである。

⑰ プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる。

⑱ 事件の真相を事故死や自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。

⑲ 犯罪の動機は個人的なものが良い。国際的な陰謀や政治的な動機はスパイ小説に属する。

⑳ 自尊心(プライド)のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。これらは既に使い古された陳腐なものである。
・犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法
・インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
・指紋の偽造トリック
・替え玉によるアリバイ工作
・番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
・双子の替え玉トリック
・皮下注射や即死する毒薬の使用
・警官が踏み込んだ後での密室殺人
・言葉の連想テストで犯人を指摘すること
・土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法

チャンドラーの九命題

① 事件の状況や結末には、読者を納得させられる理由を付けなければならない。

② 殺人および捜査方法に技術的なミスは許されない。

③ 登場人物や作品の枠組み、雰囲気は現実的にする事。

④ 筋書きには精密さと面白さが必要である。

⑤ 物語の構造は読者に分かりやすい単純な物が望ましい。

⑥ 事件は必ず現実的に解決されなければならない。

⑦ テーマは謎解きか暴力的冒険談のどちらか一つにする事。

⑧ 犯人は物語終了時までに罰を受けなければならない。

⑨ 作者は読者に対して情報を隠してはならない。

こんなにも、推理小説を書くルールがあったんですね。

あくまでもひとつの指針なのを忘れないように。
ノックス自身も「十戒」を破った作品を発表しているからな。

ノックスの十戒を扱った作品

代表的な作品をいくつか挙げるぞ。

⚫︎インシテミル

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⚫︎ノックス・マシン

ノックス・マシン 角川文庫 / 法月綸太郎 【文庫】

⚫︎うみねこのなく頃に

⚫︎密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック

ノックスの十戒を作品に組み込んだ斬新な作品ばかりだ。
どれも面白いぞ!

早速、読んでみたいと思います!
ありがとうございました。

最後に

 推理小説を読んでいて『ノックスの十戒』を知らずとも、何となく推理小説のルールを理解して読んでいますよね。

 私も知らず知らずに、推理小説を読んでいました。でも、『ノックスの十戒』を知ってからは、もっと推理小説を読むのが楽しくなりました。

「作者はこんなに気を使っているんだ」

「こんなに読者と向き合ってくれるんだ」

 と、感動した記憶があります。

 アンフェアだ! と推理小説を読んでいて、感じたことは無いでしょうか?

 それは忠実に『ノックスの十戒』を守っていないのかもしれませんね。あるいは、意図して破って面白さを追求しているのかもしれません。(叙述トリックなんかは、最たる例ですよね。)

 それでも目鯨を立てずに、「こういう作品なんだ」と受け入れるのが、推理小説を楽しむ秘訣だと私は思っています。

 あくまでも『ノックスの十戒』はひとつの目安だと認識して、推理小説を楽しんで読みましょう。

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